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大阪地方裁判所 昭和38年(ワ)1402号 判決

原告 X

右訴訟代理人弁護士 小林劼

被告 Y

右訴訟代理人弁護士 池田留吉

主文

被告は原告に対し、金一〇万円およびこれに対する昭和三八年四月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一  原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金四〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、請求原因としてつぎのとおり述べた。

一、原告(昭和一一年一一月一日生まれ)と被告(昭和七年二月一三日生まれ)とは昭和三七年五月八日、訴外北岡勲夫妻の媒酌によって結婚式を挙げ、じ来昭和三八年三月三日まで○○市○○町○○番地の原告の両親方で、事実上の夫婦として同棲していた。

二、右同棲期間中、原告ははじめ一時同市○○で鮮魚商を営んだが、被告がこれに反対するのでその意見に従いこれを廃業して○○市○○所在の○○公設市場に勤務し、終始真面目に働いており、被告も家事にいそしむかたわら、原告の父の営む鮮魚商の手伝いをし、二人とも平穏に暮らしていた。

三、ところが被告は昭和三八年三月三日、突如実家へ帰ると云って原告方を出たまま帰らず、数日後被告の両親を介して原告に対し、「原告の許へは絶対に戻らぬ」との意思を表明してきた。そして、その後原告が再三再四帰宅を懇請してもこれに応じない。

のみならず被告は、同年四月一日奈良地方裁判所に対し、原告およびその父Mを相手方として、被告の嫁入道具一切の引渡についていわゆる断行の仮処分を申請してその決定の発付をえ、同月三日その執行をするという暴挙をあえてした(仮処分を必要とする事情などは全然存しなかったのである)。

四、右のような被告の行為は、原、被告間の婚姻予約を不当に破棄するものであるから、被告は婚姻予約不履行として原告の被った損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。

そうでないとしても、被告は不法行為として損害賠償義務があるというべきである。

しかるところ、原告は被告の右婚姻予約不履行により筆舌につくしがたい苦痛を被っている。すなわち、原告は、被告の右婚姻予約の破棄後現在にいたるまで、つねに被告が原告の許に帰って来てくれることを心から希んでいるのであって、いまなお被告に対する深い愛情を絶ちえないのである。ところが他方、被告は原告に対し、一点の愛情のかげすら有していないのである。その他本件諸般の事情を考えると、原告の右苦痛を慰謝するには四〇万円が相当だというべきである。

五、よって、原告は被告に対し、右四〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第二  被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁としてつぎのとおり述べた。

(認否)

請求原因事実一および同三のうち原告主張の仮処分の申請、決定の発付およびその執行の点は認めるが、その余の事実は否認する。

(主張)

被告は義務教育終了後家事の手伝いに専念していたところ、昭和三七年二月訴外北岡勲夫妻のすすめで原告と見合をし、同年五月八日挙式するにいたったのであるが、右のような被告の社会生活上の未経験さと挙式までの期間がきわめて短かったところから、被告には原告を十分調査、判断することができず、ひたすら媒酌人の言を信じて挙式に踏み切ったものである。

ところが、○○市の○○神社での挙式のさい、原告は誓詞をほとんど読めないことが分り、また新婚旅行への出発のさい原告の姉が原告に、「お前は阿呆だから小遺いの一万円はH子に預けておけ」と云うのを耳にし、被告は原告の知能程度について疑念をいだかざるをえなかった。そして翌六月になると、原告がほとんど白痴に近い精神薄弱者であることが確定的に判明するにいたった。原告は長男であるのに両親はおろか弟たちまで毎日のように原告を阿呆呼ばわりし、また、原告の行動も常軌を逸したものが度重った。

被告としては、女性の結婚難の時代であり、また、被告は原告よりも年長であるので、たとい原告と別れても再婚は不可能に近いことを思い、耐えがたきを耐えてきた(被告は心労のため同年七月病気となり、約一か月実家に帰って療養したが、そのさいも原告と別れることを考えたのであるが思い止まったのである。)のであるが、昭和三八年二月にはもう事態が絶望的であることを認識せざるをえなくなった。被告がこう認識するにいたった二、三の事例をあげる。

(一)  原告は同棲生活に入ってから、初めは○○市○○で独立して鮮魚商を営んだがとうていそのような能力はないので失敗に帰し、ついで○○市の○○公設市場に勤めたが永続きせず、昭和三七年一二月中ごろからは同市の○○公設市場内の○○商店に勤めるようになったが、いつも同店での月給二万円の内、一万円を被告に手渡すのみで、残りの一万円は浪費してしまっていた。

(二)  原告の両親は、原告のこのような生活態度についてなんらの訓戒も与えないばかりか、原、被告を厄介者扱いにして、二人とも裸で出ていけといわんばかりの言動をとっていた。

(三)  被告が再三入籍を求めたのに、原告およびその両親は全くこれを顧みなかった。

以上のように、原告自身に生活能力がないのに加えて、その両親が全く原、被告の生活に非協力的だったのでは、いかに被告が努力しても、原、被告の将来の生活に明るい希望の光りを見出すことは困難である。

そこで被告は、昭和三八年三月初め実家に帰り、両親と相談のうえ、熟慮を重ねたあげく、ついに原告と別れる以外に途はないと意を決し、同月一五日媒酌人を介して原告に対しこれを申し入れたところ、同月一八日原告および父Mから快諾の回答をえたのである。

もっともその後、被告が嫁入道具の引渡を求めたところ、原告は結納金の返還と引換えでなければ渡せぬというので、被告はやむなく原告主張の仮処分によってその引渡を受けた。

以上のとおりであるから、原告の請求は失当である。

第三  原告訴訟代理人は、被告の主張に対し、つぎのとおり反論した。

被告主張の、原告が白痴に近い精神薄弱者だという点は全く事実に反する。これは精神医学的に白痴とはなにか、精神薄弱とはなにかを知らざる者の言である。原告は義務教育を完全に終了し、社会人として立派に職業に従事し、収入をえているのであって、この事実自体が被告の右主張に対する反証である。また、原告の家系に精神的欠陥を有する者は一人も存在しない。

原告は性格的に、穏和というよりもむしろ気弱であり、かつかなり消極的である。しかし、このことと原告の知能程度とはなんら関係がないことは明らかである。

かりに原告の知能程度が被告主張のとおりだとしても、被告は見合の後三か月の婚前交際の期間を有したのであるから、その間に当時すでに年齢三〇才の女性が原告について十分な調査、判断ができなかったとはとうてい考えられない。とすれば、被告は自己の年齢および肉体的欠陥(被告は片足が不自由である)と原告の精神的欠陥とを比較衡量のうえ、原告を配偶者としてふさわしい相手として決定したのだと考えるほかない。それなのに、事後にいたって原告の右欠陥を云々することは許されないというべきである。

つぎに、被告主張の、原告が被告と別れることを快諾したという事実はない。原告は被告からその主張の申入を受けた事実がなく、したがって右申入に対し快諾の回答を与えるはずがない。

被告の主張はすべて失当である。

第四証拠関係≪省略≫

理由

原告(昭和一一年一一月一日生まれ)と被告(昭和七年二月一三日生まれ)とは昭和三七年五月八日、訴外北岡勲夫妻の媒酌によって結婚式を挙げ、じ来昭和三八年三月三日まで○○市○○町○○番地の原告の両親方で、事実上の夫婦として同棲していたことならびに原告主張の仮処分の申請、決定の発付およびその執行の点は当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫に本件弁論の全趣旨を合わせると、つぎのとおり認められる。

(一)  原告と被告は昭和三七年二月三日、訴外北岡勲夫妻の紹介によって、○○市内の喫茶店で見合をした。原、被告の学歴はいずれも義務教育終了であり、その後当時まで、原告は家業の鮮魚商の手伝い、被告は家事の手伝いをしていた(なお、被告は片足が若干不自由だった)。二人は見合後数回交際を重ねたが間もなく婚姻することに意思が合致した。原告は被告に結納として一〇万円を交付した。

(二)  ○○市の○○神社での挙式のさい、原告は誓詞を読むのにひどくつかえたが、これは原告の知能が低いためではなく、精神的緊張の余りのことだったと思われる。

しかし原告は、性格的に自主性にとぼしく、かつ著しく消極的であり、知能は通常人よりも若干低い(学業成績は、上、中、下のうち下である)といわざるをえない。

右のような原告の性格、知能のためか、原告の両親や姉弟は、原告が長男なのに原告を軽んじ、阿呆呼ばわりすることもまれではなかった。

被告としては、このような家庭内における原告の軽視は予想外のことだったので、かなり不快感をおぼえた。

なお、被告は生活環境の激変から同年七月胃病をわずらい、一か月ほど実家に帰って療養した。

(三)  ところで原告は、同棲後はじめは○○市○○で独立して鮮魚商を営んだがうまくゆかず同年一〇月ごろ廃業し、ついで○○市の○○公設市場に勤務したが、間もなく同市○○の○○公設市場へ勤務先を変え、そこで月給二万円をもらっていた。原告はときにこの給料の半分ぐらいを小遺いに使ってしまい、被告から文句をいわれたこともあった。

しかし、原告の両親と同居しているので生活費は両親が負担してくれ、また、被告が原告の父の家業を手伝い、その報酬として毎月五、〇〇〇円をもらっていたから、生活に困るというようなことはなかった。が、被告としては、両親と早く別居したいのに、いつまでもこのような少ない収入では別居しても生活ができぬと思い、将来が不安だった。同棲したらなるべく早く、原告の父が所有している借家を明けさせてそこに原、被告が別居する、という話が当初あったのに、それがなかなか実行されそうにないことも、被告には大きな不満の種だった。

なお、原、被告は婚姻の届出をしていない(その理由はよく分らない)が、このことは同棲が破たんする主要な原因ではなかった。

(四)  右のような状況下での原告との同棲生活は、被告にとって耐えがたいものと感じられた。そこで被告は昭和三八年三月三日、ついに原告と別れることに意を決して実家へ帰り、両親に対し事情を訴えて、自己の右意思を告げた。その結果、両親もこれに同調し、同月六日媒酌人を介してこのことを原告に申し入れた。

右申入に対し、原告はひきつづき同棲することを強く希望し被告の申入に応ぜず、現在においてもなお被告が帰ってきてくれることを希んでいる。このように双方の考えが対立しているので、被告は仮処分によって嫁入道具の引渡を受けるのが良策だと思い、前記断行の仮処分をなした。

以上のとおり認められる。≪証拠の認否省略≫

以上によれば、被告は原告との婚姻予約を不当に破棄したものといわなければならない。

前認定二および三で述べた事実のごときは、いまだ婚姻予約破棄の正当な理由としがたいことは多くいうまでもない。けだし、婚姻生活(ないし本件のようなこれに準ずる両性の共同生活)において、あるていど事前に予想しえなかった事態が生ずることは、あり勝ちなことというよりも、むしろ必然的なことだといってよいのであり、それがまさに人生というものなのである。そしてこのような事態は、自由意思にもとづいて婚姻等を決意した当事者が甘受すべきものないしその努力によって克服すべきものであり、右二および三で述べた事実のごときはこれに属するものといわざるをえない(ちなみに、以上の事実とくに被告は見合当時すでに三〇才に近い思慮分別を備えた女性だったこと、原、被告は見合後数回交際を重ねていること等に徴すると、被告も、原告に性格的および知能的に多少の問題がないではないことを一応承知のうえ、自己の年令や肉体的欠陥も思い合わせ、原告と婚姻することを決意したものと推認される)。

要するに、被告は自己の環境を自分本位の眼でのみながめ、原告と別れることに正当な理由があると独断しているのであり、身勝手きわまるというのほかない(逆に、被告が男性で、原告が女性だったと仮定せよ。そのばあい、本件のような婚姻予約の破棄が不当、身勝手であることは万人が直ちに認めるであろう。本件は被告が女性であるがゆえに、被告にいささか理由があるかのように一見映ずるだけである。)。

よって、被告は原告に対して婚姻予約不履行による損害賠償の義務があることは明らかである。

しかるところ、被告の右婚姻予約の不当破棄によって原告が精神的苦痛を被っていることは明らかであり、以上の事実にその他本件諸般の事情を合わせ考えると、その慰謝料は一〇万円が相当だというべきである。

よって、原告の請求を、右一〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることの記録上明らかな昭和三八年四月二五日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 萩原金美)

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